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12月 3, 2010
7:45am
例えば、イタリアの哲学者であり小説家でもあるウンベルト・エーコが「失われた透明性」(水島久光と西兼志の共著『窓あるいは鏡 ネオTV的日常生活批判』[慶應義塾大学出版会]に収録)という論文の中で用いていた「パレオTV」と「ネオTV」という対立概念が、その説明に役立つように思う。
エーコによればパレオTVというのは今、起きている事実を同時進行的に伝える「透明な窓」として機能するテレビのことだ。黎明期のテレビは技術的な制約もあって現場中継を多用しており、こうした「窓」として機能していた。
しかし、テレビはやがて「窓」を閉じ始める。放送技術の高まりによって多彩な演出が可能になり、録画映像の編集利用も多用されるようになって、テレビは事実の伝達装置から「テレビ的事実」の生産装置へと変質した。そうしたテレビを、エーコはネオTVと呼んだ。
ネオTVで映されるテレビ的現実とは、視聴者の心理を反映させ、見たもの、面白いもの、見て心地良いものだけで再編成された「疑似環境」である。こうして大衆心理を反映する「鏡」として、テレビは機能するようになった。
- 尖閣ビデオ流出と延坪島砲撃の報道が示すメディアのあるべき姿:日経ビジネスオンライン (via tra249)(plasticdreamsから)
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